問題プロジェクトの火消し術 / 長尾清一

問題プロジェクトの火消し術

問題プロジェクトの火消し術

プロジェクトの問題解決において,これほど泥臭くしかもかゆいところに手が届く本はない.著者の多様なPM経験から得られるノウハウがそれこそ満載だ.

前著「先制型プロジェクト・マネジメント―なぜ、あなたのプロジェクトは失敗するのか」は”プロジェクトをいかに失敗させないか”という観点でプロジェクト開始前に読んでおくべきだが,本書は前著を補完する形で”プロジェクトがヤバくなってきたらどう立て直すか”という観点でプロジェクト開始後に読んでおくべき本だと思う.

火消し役を任されるということは,ある意味あなたは優秀な人物であるという証拠である.ただ,火消しには通常のプロジェクトマネジメントとは異なる知識やスキルが必要なのも事実だ.本書に書かれているノウハウはもちろん長年のPM経験やマネジメント経験で得られるものも多い.これがたったの2000円で手に入る.経験の浅い火消し役にとっては,まさに宝の山.

本書の柱となる問題プロジェクトの「リカバリー・プロセス」自体はごく一般的なものである.

  1. 現状から「悪化の兆候」を感知する
  2. 問題調査へのユーザー承認を得る
  3. 仮説検証により問題を定義する
  4. リカバリー・プランを策定する
  5. プランへの社内支援を得る
  6. プランのユーザー承認を得る
  7. プラン実施の体制を再構築する
  8. プランを実行し,追跡・評価する

では,本書の何がスゴイのか?
火消し役にとっての交渉相手(クライアント,プロジェクトメンバ,組織)側の視点がよく見えるように書かれている点だ.誰に対してはどういった考え方でどういった資料でどういった攻め方をすべきであるとか,それぞれの注意点,詳細な手順などもとても参考になる.こういった複眼的思考は,外注先や協業先の問題発見や交渉にもそのまま応用が利く.また各章末にDRILLがあり,例えばクライアントとの交渉例が質疑応答の会話形式で具体的に載せてあり,これも非常に使える.

こういった本にありがちなのは,正論と一般的手法とそれに多少毛が生えた程度のノウハウが少々といったもの.だが本書は違う.交渉のための意思決定者間の力関係の把握,根回し,Q&Aの具体的交渉術,交渉のシミュレーションといった,きわめて現実的な対処法が書かれてる,まさに「使える本」だ.

メモ

リカバリーと阻む7つの誤解

  1. 技術的な問題を解決すれば,必ずリカバリーできる
  2. プロジェクト体制を強化すれば,難局を乗り切れる
  3. ユーザーの担当者と親密な関係を構築すれば,問題を収束できる
  4. ユーザーの意思決定に根回しすれば,問題を収束できる
  5. スケジュールの延長,追加予算を勝ち取れば,リカバリーは何とかなる
  6. プロジェクト関係者の要望をすべてバランスよく盛り込めば,迷走は止まる
  7. プロジェクト・マネジャーの首をすげ替えれば,信頼を回復できる

リカバリー・プロセス

  1. 現状から「悪化の兆候」を感知する
  2. 問題調査へのユーザー承認を得る
  3. 仮説検証により問題を定義する
  4. リカバリー・プランを策定する
  5. プランへの社内支援を得る
  6. プランのユーザー承認を得る
  7. プラン実施の体制を再構築する
  8. プランを実行し,追跡・評価する
ユーザー認証
  • 事実をもとに判断基準を示し提言する
    • 事実→「担当者やリーダーにヒアリングしてみたところ,この初期診断の事実が示すように,大きな原因は手戻りにあります」
    • 判断基準→「進捗が思わしくないのは手戻りが原因のようですが,手戻りの裏側にある本質的な問題を解決するという視点の方が重要ですね」
仮説検証
  • 問題発見の阻害要因
    • 内的要因 : 先入観,既成概念,過去の経験,立場,価値観,信念
    • 外的要因 : 業界慣習,企業文化
アンケート
  • 調査時間の短縮
  • 事前に情報を収集し問題を整理できる.ヒアリングの際には特定問題のフォーカスできる
  • 文書化により,思考レベルが深くなる
  • アンケートを作成する際のポイントは,回答が一定基準で測れるように質問項目を指標化し,各問題の関連性が理解できるようにデザインすること
ヒアリング
  • 目的指向でヒアリングに臨む
    • 誰に何をどのように質問するかを事前にイメージし,質問の内容や順番を対象者ごとに決めておく
    • 実施前にその目的を簡潔に述べること.「犯人探し」ではなく,「問題の本質を探る」ためなど
  • (相手の理解を試すための)検証質問でヒアリング対象者の理解を試す
    • 回答者の「保身」「主観」「計算」なども疑う
    • 場合によっては,解決案をぶつけ,妥当性や許容度を探る
  • 検証質問は相手の回答を基に展開させる
  • 全体像をつかむためにヒアリングに偏りがないようにする
    • ダブルチェックの場合,情報の手離れが良い人(問題と利害関係のない)を選ぶ