アート・オブ・プロジェクトマネジメント(12)

アート・オブ・プロジェクトマネジメント ―マイクロソフトで培われた実践手法 (THEORY/IN/PRACTICE)

アート・オブ・プロジェクトマネジメント ―マイクロソフトで培われた実践手法 (THEORY/IN/PRACTICE)


12章 リーダーシップが信頼に基づく理由

優れたリーダーになるには,プログラミング,計画立案,アーキテクチャ創造,喋り,冗談,設計の達人である必要はないということです.大事なことは,あなたが信頼関係の構築を重視し,チーム全員と信頼関係を結べるよう,ひたすら努力するということなのです.このため,優れたリーダーになるには,あなた自身に対する信頼を深めていく方法とともに,他者との間で信頼関係を見つけ出し,構築し,獲得し,与える方法を学ばなければならないのです.

信頼は表明によって培われる

ワッツ・S・ハンフリーによる,効果的な表明の要素が以下です.

  1. 表明を行う人はきちんとした意思を持って行うこと
  2. 表明は気軽に行わないこと,つまり関連作業,リソース,スケジュールを慎重に考慮してから行うこと
  3. 何を,誰が,いつ行うかについて関係者と合意できていること
  4. 表明はオープンにされ,広く内外に公表されること
  5. 責任を持つ人は,助けが必要となった場合でも,表明を達成するべく努力すること
  6. 表明した期限に至るまでに,関係者に影響を及ぼす変更が発生する場合,事前に告知を行い,新たな表明を交渉すること

「表明」と言うと堅苦しいですが,「約束」と同義と思って問題ないと思います.たとえば,「じゃあ,昼食後に電話するよ」とか「明日までに原稿に目を通しておきます」といったものも表明になります.

矛盾した振る舞いによって信頼が失われる

でたらめな振る舞いや,予測できない振る舞いをしていると,信頼を壊してしまうことになります.そして,表明を省みない行動ばかりをとっていると,チームをかき乱すような懸念や心配事を次々と引き起こすことになるため,共に作業する(あるいは議論する)人々はヘトヘトになってしまうと述べています.

僕の周りでもこういったリーダーをたまに見かけます.ヘトヘトになるだけでなく,仕事の質が間違いなく低下します.1週間後にはまた違った指示がくるかもしれないし,もっとひどい場合は,チームや担当業務すら変わってしまうかもしれないと思い,対処療法的な仕事をし始めるのからです.また,マジメな人は,表明が変わった場合のリスク対処やそのための余計な仕事をがんばってしてしまうからです.

矛盾したようにみえるこういった振る舞いには,2つの理由があるのではないかと思います.

  1. 自分自身に自信が持てない
  2. 自分の意思ではなく,上級マネージャの権力に支配されている

タチが悪いのが,2番目ですね.見るべき方向が根本的にまちがっているリーダーです.チームメンバーではなく,上司にのみフォーカスしていて,おまけに自分の意思がない場合です.口癖は,「だってさぁ,〜さんがXXXしろって言うんだもん」です.

信頼を明確にする

私が出会ったことのある優れたマネージャたちは,信頼を明確化していました.彼らは,私がチームからの支援を得ている限り,私の責任範囲に関する意思決定は私自身にあるということを明言してくれていたと述べています.

注意すべき点として,マネージャが与えることを恐れている信頼のレベルというものは,マネージャのリーダシップに従う上でチームが必要とする信頼のレベルときっかり一致することも多いと指摘しています.

信頼してくれるマネージャの下では,そうでないマネージャの下にいる時よりも熱心に働きますが,その理由は,マネージャに好感を持っていたためではなく,成長の場を与えてもらえたためです.相手を信頼することによって,その人のパフォーマンスを最大化するための機会が創出できるため,信頼は真の権限委譲と言えるのです,と説明しています.

信頼を明確化することによる絶大な効果は,メンバーという立場からもリーダーという立場からも身をもって実感します.ただし,難しいのは全員に全幅の信頼をおけるかと言うと,正直そうではないところです.信頼の表明はできるだけします.問題はその信頼のレベル調節とそのあとのフォローアップ具合です.まだまだ模索中ですが,「どれくらいの自由度か?」「マイクロマネジメントになってないか?」ということはいつも気にするようにしています.

2つの力

  • 付与された力 : 職務階級や肩書き
  • 獲得した力 : 実績や働き

付与された力(フォースのダークサイドと同じ)は,簡単に行使でき一見魅力的だが,実は危険であると述べています.毎回「これは命令だ」と主張していると,議論することができなくなり,より優れた意見を聞く可能性を閉ざしてしまうことになります.また,深く考えようとする人を遠ざけ,言われたことだけやればいいという風潮を作り上げ,さらに悪いことに,専制君主はその権力の下に新たな専制君主を作りだすのだそうです.

付与された力というものは,使えば使うほど,取り組むべき組織上の根本的問題を見えにくくしてしまいます.つまり,症状のマネジメントを行うことは可能ですが,根本的な問題の解消にはならないのです.

よく「リーダーを任命する」ことはできても「リーダーシップを与える」ことはできないと言われますよね.冒頭にも引用しましたが,リーダーになるのではなく,リーダーとしてみんなから認められるためには,メンバーとの信頼関係を築くために日々愚直に努力するしかないと思います.

フィードバック

優れたリーダーは,チームメイトに対して,時々,おそらくは個人的に,自らの振る舞いとパフォーマンスについてのフィードバックを求めます.こういった情報がPMの元に届くような健全かつ安全な手だてがなければ,プロジェクトが成功する確率は低くなると指摘しています.

しかし,人は権威がある人へのフィードバックを躊躇します.ですから,信頼関係を築き,彼らに対して,何かを言えば過剰に防衛される,あるいは逆に叱責されるという心配を抱かせてはいけないと述べています.

優れたリーダーであれば,チームが正しい道を歩むことを重要視しているため,リーダーの行動に対してさえも恐れることなく疑問を投げかけるというメンバーの行動を喜ばしいものとして捉えるはずなのです.

簡単に実践する方法は,どんな小さなことでもいいので,報告やフィードバックをもらえたならば,素直に「○○君の意見をもらえたことがうれしい.ありがとう」と言うことです.すると徐々にもっと意見を言ってくれるようになります.気をつけるのは,その時の表情ですね.マイナスのフィードバックだったとしても露骨にイヤな顔をすると次回を期待するのは厳しくなります.

あなた自身を信頼する (自恃)

自恃(じじ)とは,自分自身を恃み(たのみ)とすることです.

あなたの信念には自恃がなければなりません.他人の意見と違っているというだけの理由で自らの意見を否定するということは,自らに対する信頼を踏みにじるという裏切り行為なのです.そして,自らに対する自信を踏みにじることは,あなたのチームに対する信頼を踏みにじることと同じくらい危険な行為なのです.

勇敢な人にとっての自恃というものは,これだけに留まっていません.

自らの自信を持ち続けながら,他の人からの影響を受け入れ,将来についての自らのビジョンを定義することに役立てるとともに,ポジティブな変化すべてを受け入れることができるわけです.そして,自らのアイデンティティを否定することなく,過ちを犯し,それを認め,自らの意見を変えることができるのです.

こういった方法で自らを信頼できるようになれば,リーダーであるあなたの役割の1つとして,メンバー自身の自恃を支援することが追加されます,と付け加えています.

参考文献